月刊「文芸春秋」2001年7月号掲載論文 『中国・韓国・日本 歴史教科書を読み比べた』 衆議院議員 小泉俊明

月刊「文芸春秋」2001年7月号掲載
中国・韓国・日本 歴史教科書を読み比べた
・・・・南京事件や慰安婦を一番詳しく書いているのは?・・・・
衆議院議員 小泉俊明

4月3日、文部科学省が来年度から使用される教科書の検定結果を発表したのを機に、
歴史教科書をめぐる論議が沸騰している。

それは、検定に合格した中学校の教科書、105点の中に「新しい歴史教科書をつくる会」が
編纂した歴史教科書(扶桑社発行)が含まれていたからだった。

近隣諸国の反応は素早かった。中国は8項目、韓国は35項目の修正を要求してきた。

わが国では、就任直後の田中真紀子外相が
「事実をねじ曲げていること承知の上で作った教科書が検定に合格している」
と述べながら、数日後の国会では、その発言当時はくだんの教科書をまだ読んでいなかった、
と認めるお粗末な一幕もあった。
 
実はこの田中発言に、今繰り広げられている歴史教科書論争の、
一番の問題が表れているように私は思う。

つまり、教科書問題について発言している人の多くが、
教科書に目を通さずに論評しているという事実である。

教科書について発言するのなら、まず自ら教科書をひもとき、
吟味した上でなければならないのは常識だ。

しかし国会議員ですら、新聞やテレビの報道から得た、
断片的な情報をつまみ食いして発言しているとしか思えない。

ことが歴史教育という国家の根幹にかかわる問題だ。

特に、大臣の発言国家意思の表明である・・・これは他ならぬ田中角栄氏の言葉だが・・・
ことを考えると、田中外相の発言があまりにも軽率だったといえよう。

いやしくも国務大臣なら、21世紀を担う子供たちが学ぼうとしている
歴史教科書くらいで読んでくれよ、と言いたくもなる。

現在、歴史教科書として中学校の現場で使われているのは
日本書籍、東京書籍、大阪書籍、教育出版、清水書院、帝国書院、日本文教出版の7種類だ。

私はこれらに加え、問題になっている扶桑社の教科書、
そして中国、韓国の教科書にも目を通してみた。

かつて英国の哲学者、バートランド・ラッセルが「世界の教科書を使って世界史を教えたらよい。

歪みを通して、自分の姿がもっとよく見えてくるだろう」と語ったことがある。

“国の数だけ歴史がある”とは歴史認識の難しさを語る際によく使われる言葉が、
自国の姿をより深くつかむには、外国の教科書という「鏡」に日本がどう映っているかを
知ることが助けになる。

もちろん、世界に通用する教育をおこなうためにも、
外国の教科書を読み、研究する意義は大きい。

中国、韓国の歴史教科書では、日本はどのように記述されているのだろうか。

また、彼我の認識の差がしばしば問題となってきた南京事件や従軍慰安婦などは、
記述にどんな違いがあるのだろうか。

比較検討してみよう。
(中国、韓国の教科書の日本語訳は『世界の教科書にみる日本 中国編』に拠る)。

●南京事件の描写
まず中国の歴史教科書から見てみよう。
1992年より国定教科書として使用されている『中国歴史』の第3冊(巻)では、
清朝成立から国共分裂(1927年)までの300年を扱っておりそ日本に関連のある記述は約1割。

それ以降を扱った『第4冊』では4分の1を占めている。

なかでも、日本帝国主義がどのように中国に侵入し、いかに残虐な統治と野蛮な略奪をしたか、
そして中国が抗日戦争に勝利した様が、詳細に記述されている。

日本軍による”焼き光(つく)し・殺し光し・奪い光す”三光政策や南京事件、
百人斬り事件などを取り上げ、具体的に描写し告発している。

「南京大虐殺」項を一部引用する。

「日本軍の赴くところ、焼・殺・淫・奪が行われた。
日本軍は南京占領後、南京人民に対し、血なまぐさい大虐殺を行い、驚くべき大罪を犯した。

南京で平和に暮らしていた市民は、ある者は射撃の的にされ、
ある者は銃剣の対象となり、またある者は生き埋めにされた。

戦後の極東国際軍事裁判によれば、日本軍は南京占領後6週間以内に武器を持たない
中国の国民30万人以上を虐殺したとのことである。

「(1937年12月)18日、日本軍は南京幕府山で老若男女57,000人あまりをとらえ、
針金で数珠つなぎにして、下関草鞋峡まで追い立て、そこで機関銃掃射を浴びせた。
まだ息のあるものは、銃剣で突き刺し、最後に死体を焼いた。わずか1名だけが難を逃れた。」

「日本『東京日日新聞』は、『紫金山のふもとで』と題して、次のように報道した。
日本軍の少尉である向井と野田は100人斬り競争を行い、野田は105人、向井は106人を切ったが
どちらが先に100人目を切ったかが不明で勝負がつきにくく、新たに150人切り競争を行った」

この日本軍の”100人斬り”を取り上げたページには、
「南京にて中国青年を銃剣練習の的にする日本軍」
「南京で人を殺した後、刀の血をぬぐう日本軍」
と題する挿絵も挿入されている。

この記述を日本人としてどう受け取るかはそれぞれの判断に任せたいが、
注目すべきは「極東国際軍事裁判によれば~とのことである」「東京日日新聞は~報道した」と、
記述の中身が伝聞によるものだとことを明らかにしている点だ。

また、通読すると、これらの行為を行ったのはあくまで「日本帝国主義」であって、
今の日本とは区別して扱うおう、という意志も読み取れる。

少なくとも、80年代に日中間で教科書問題が紛糾した際、
目をそむけたくなるような記録写真とともに旧日本軍の残虐行為を告発し続けた
センセーショナルな姿勢とは一線を画しているように思うのだが、いかがだろうか。

最近、中国では教科書の見直し作業が始まり、広東で新しい教科書が実験的使われている。

新しい教科書は「文明が遅れていればその国は辱められ侵略される」という視点に貫かれており、
かつては満州族(女真族)、イギリス、日本によって、そして現在はアメリカの脅威によって
中国は危機にさらされている、という論調だという。

次に、韓国の教科書「入門 韓国の歴史」を見てみる。

日本に関する記述は全体に約4分の1ほどを占めており、
特に20世紀前半に日程がどのように国を強引に占領し、支配したかについて、
一章をまるまる割いているのが目を引く。

「平壌に住んでいたアメリカ人宣教師もバーツ牧師によれば、
定州では100名を超える韓国人が銃殺されたり殴り殺されしたという。
10歳ならない少女と婦女子、そして女学生らが自分の祖国のため情熱を注ぎ、
独立を叫んだという単純な罪名で、恥辱的な扱いを受け、体なぐられた。
幼い少女たちも残酷に殴られ、7歳以下の幼い少女ら300余名がすでに殺害されたと知らされた。
トウェーン牧師の証言によれば、1歳ほどの子供が背中を銃で撃たれ死んだという。
日本軍は死んでいく人々にも背中から銃を浴びせ、逃げる人は追いかけて帯剣で刺して倒した。
示威が始まった後の3カ月間に3万名を超す韓国人が殺されたり負傷させられた」

1919年3月1日より始まった対日蜂起「3・1運動」についての記述である。
表現は中国以上に厳しいが、ここでも注目すべきことにアメリカ人宣教師たちからの
伝聞であることを明記している。

「民族文化守護運動」の項には、いわゆる従軍慰安婦への言及言及もある。

「日帝の侵略戦争によって、わが国は日本の戦争物資を供給する兵站基地に変わった。
日帝は戦争物資を生産するために、わが国に金属、機械、化学工業などを中心とする
軍需工場を建設し、鉄、石炭、タングステンなどの地下資源を略奪した。
また、わが民族の食料を強制的に略奪し、戦争の終わりには古鉄スプーンや箸までも奪った。
日帝はこうした物的な略奪ばかりか、韓国人を強制徴用によって鉱山や工場で
苦痛に満ちた労働を強要したり、強制徴兵制と学徒志願兵制度を実施した。
これにより多くのを韓国の青壮年が各地の戦線で犠牲となった。
この時、女性も挺身隊という名目で引き立てられ日本軍の慰安婦として犠牲になったりした」

●李舜臣を賛美し、東郷を無視
中国や韓国では、政府が単一の教科書の使用を義務づける「国定教科書」制をとっている。
それに対し日本では戦後、文部省がおこなう検定に合格したものを教科書と認め、
どれを採用するかは各地域の教育委員会の裁量に任せる教科書検定制度が採用された。

それでは日本の教科書を見てみよう。

現行の歴史教科書7冊を読むと中国や韓国の教科書が日本について割いているページ数に比べ、
日本の教科書は中国や韓国に触れている分量が圧倒的に少ない、ということに気づく。
どれもせいぜい数ページにとどまっている。

にもかかわらず日本の教科書の方が、日本が戦時中に両国に対して行った行為をより情緒的、
センセーショナルに取り上げる傾向が強い。

たとえば南京事件についてだが、前述したように中国の教科書では、
被害者数を「極東国際軍事裁判によれば」と出典を明らかにした上で、
あくまで伝聞として記していた。

それに対して日本の教科書では、
「南京では占領期に20万人といわれる民衆を虐殺し、諸外国から非難されました」(大阪書籍)
「犠牲者は20万人といわれるが中国では戦死者と合わせて30万人以上としている」(教育出版)
「女性・子ども多くを含む市民で7~8万、
武器を捨てた兵士を含めると、20万人にもおよぶといわれている」(東京書籍)
などと、少なくとも20万人は確定した史実であるかのように扱うトーンが強くなっている。

3・1運動についても日本の教科書は際立った特徴見せる。

教育出版の教科書は2ページ半をさき先見出しに、
「三・一独立運動」と、わざわざ韓国の教科書にない「独立」という言葉を挿入している。
そして、冒頭には「柳寛順」という名札をつけた少女の写真が掲げられている。

韓国の教科書では「柳寛順の殉国」と一言しか触れていないこの少女について、
日本の教科書は詳細な説明を加えている。

「朝鮮の15歳の少女柳寛順は、ソウルの学校で勉強していた。
そのソウルで、1919年3月1日、『独立マンセー』(独立万歳)の声がわき起こった。
これを見た彼女は、急いで故郷に帰り、人々に「独立を勝ち取るために万歳をさけびましょう」
と呼びかけた。そのため、彼女は日本軍にとらえられ、
厳しい拷問を受けたが「独立マンセー」を叫び続け、若い命を日本に奪われた」(教育出版)

さらには、「女性も参加した三・一独立運動」との題で、
日本の軍隊・警察に逮捕された約4万7千人のうち女性は四百七十一人であったこと、
デモに参加して逮捕された女性が裁判で「どうして独立が必要と信ずるのか」と問われ、
「私は朝鮮人である以上朝鮮の独立を望むのは当然の事です」と答えたことを紹介している。

いずれも、韓国語教科書にはないエピソードだ。

強制徴用・強制連行についても、日韓の違いは興味深い。

韓国ではまず、強制徴用という言葉を1行で紹介した上で、
「徴用され引き立てられた労働者の体験談」と題する1ページのコラムを掲載している。
そこでは「飯といってもまだ豆を蒸して安南米と混ぜたものだった。
汁は塩汁できた副官の、具はないがしろものだった」

「酒やたばこ、薬品の配給は組が横取りし、腹を満たしていた。
1日の賃金は2円35銭で,合宿所の泊まり賃として1円50銭を天引きされた。
しかし作業靴が毎日破れるために1足3円50銭で毎日買うことになり、毎日赤字となった」

などと、主で食事や賃金といった待遇面での不満がつづられている。

これに対し日本の教科書は「全国の強制労働の現場で日本人による暴行事件も多く起こった。
こうした暴行や、事故・栄養失調などによって、強制連行された約7万人の朝鮮人のうち、
実に約6万人もの人々が死亡したといわれている」

「1945年6月のある夜の点呼の時、劉さんが裏山で野草を食べていたのが見つかって、
みせしめのため焼けた鉄棒を押し当てられて殺された。
この事件が蜂起のきっかけになった。(略)
しかし、山にこもった彼らは、憲兵隊、警察、消防団に包囲され逮捕された。
そして、1月の炎天下に3日間すわらせられ、
水も食料も与えられず徹底的に打ちのめされ113名が殺された」(共に教育出版)などとある。

被害者である韓国側の教科書が待遇の不満に焦点を当てているのとは対照的に、
日本の教科書は強制連行を朝鮮人に対する暴行、虐殺行為を意味するものとして強調している。

従軍慰安婦については、韓国の教科書は先の引用の通り・・
工場労働者として徴用された「女子挺身隊」を慰安婦にしたとしているのが気になるものの・・
あくまで言葉の紹介にとどめている。
一方日本では強制連行なども含めた戦後補償問題として2ページを費やし、
「補償を求める韓国の元従軍慰安婦と、これを支援する日本の市民グループ」
「細川首相の発言を報じる新聞(1993年8月)」という二点の写真も載せている(教育出版)。

19世紀末の農民蜂起、東学党の事件を指導した全?準の写真は日本の多くの教科書にも
掲載されているが、その写真説明が韓国の教科書では「逮捕され押送される全?準」と
なっているのに対し、日本書籍では「日本軍により処刑された」と、
日本軍によって殺されたことを強調する表現になっている。

日本と戦った英雄や、日抵抗して死亡した民間人などを写真つきで大きく取り上げる傾向は、
日本の教科書に共通して見られる。

豊臣秀吉と戦った李朝の武将、李舜臣について「李舜臣が率いる朝鮮の水軍は、
1592年5月、50隻あまりの日本水軍と会い、数時間の戦いで日本船31隻を沈めました。

この初めての海戦での勝利は、
義兵に立ち上がろうとしていた朝鮮の人々に勇気をあたえました」(大阪書籍)とある。

いったい自分はどこの国の教科書をよんでいるのだろう、と一瞬錯覚しそうな記述ではある。

伊藤博文と安重根についても同様で、
私達の世代は「伊藤博文は朝鮮の独立運動家、安重根に暗殺された」と習ったものだが、
いまの教科書は「当時の韓国総統府の責任者だった伊藤博文を射殺した」(教育出版)というように、
伊藤が「暗殺」されたのではなく、安が「射殺」した、と主客の逆転がある。

逆に、近現代において歴史的な功績のあった日本人の紹介はあまりに少ない。

たとえば、わが国の歴史上でもっとも有名な人物、
東郷平八郎については一社も言及していないのだ。

フィンランドではロシア艦隊を破った東郷元帥の肖像をラベルにした
東郷ビールが愛飲されていたのは有名な話だが、当の日本の中学生は彼の名前すら知らない。

イギリスでネルソン提督、アメリカでアイゼンハワー将軍を知らない中学生がいるだろうか。

●扶桑社の教科書を読んでみる

もうひとつ指摘しておきたいことがある。
日露戦争や日本がアジア各国にしたこと、広島・長崎への原爆投下、そして敗戦など、
日本の近代史への理解を深める上で欠かすことのできない重要事項に対する
多面的な評価・分析が、日本の教科書からは抜け落ちているのだ。

『どう映っているか日本の姿 世界の教科書から』(NHK取材班)によれば、
アジアの教科書には、日本占領は人々に民族独立の自覚を促した、という共通した論調がある。

「結局のところ日本占領は、日本国の残虐さ、経済的苦痛、そして常食になったタピオカなどの
悪夢として多くの人々に長く記憶されるだろう。しかし、(略)日本は短期間のうちに地域住民、
とくにマレー人の政治的自覚をうながすことに成功した」(マレーシア、高校用『歴史』)、
「日本占領がもたらした決定的なものは東南アジア諸国に、
民族独立の気運を巻き越したことである」(シンガポール、中高用『東南アジア史』)等々。

アジアの教科書は、歴史の事実は事実として、
日本の戦前戦中の行為を是々非々で教えようとしているのに、
日本の教科書はこの姿勢が欠けている。

それでは、現在の教科書論議の焦点である、扶桑社の教科書はどうだろうか。

例えば南京事件のくだりは、「日本軍は国民党政府の首都南京を落とせば蒋介石は降伏すると考え、
12月、南京を占領した(このとき、日本軍によって民衆にも多数の死傷者が出た。南京事件)」
と事実経過を説明したのち、「極東国際軍事裁判」の項で改めて言及している。

「この東京裁判では、日本軍が1937(昭和12)年、日中戦争で南京を占領したとき、
多数の中国民衆を殺害したと認定した(南京事件)。なお、この事件の実態については資料の上で
疑問点も出され、さまざまな見解があり、今日でも論争が続いている」。

被害者の数については言及を避け、いまも議論がつづいていることを説明している点で、
これまでの教科書とは一線を画している。

東京裁判に二ページを費やしていることも他の教科書には見られない。

「裁判官はすべて戦勝国から選ばれ、裁判の実際の審理でも、
検察官のあげる証拠の多くがそのまま採用されるのに対し、
弁護側の申請する証拠調べは却下されることが多かった。
東京裁判で唯一国際法の専門家であったインドのラダ・ビノート・パール判事は、
この裁判は国際法上の根拠を欠くとして、被告全員の無罪を主張した。
しかし、GHQは、このパール判事の意見書の公表を禁じ、
その他、いっさいの裁判への批判を許さなかった」と、裁判の国際法上の
正当性を疑うパール判事の意見を紹介している。

日本の諸外国占領については、日本軍が現地の人々を過酷な労働に従事させたり、
日本軍によって死傷する人々が多数あったことに触れた上で、
「これらの地域では、戦前より独立のに向けた動きがあったが、その中で日本軍の南方進出は、
アジア諸国が独立を早める一つのきっかけともなった」としている。

これのみまらず、扶桑社の教科書は物事のマイナス面(あるいはプラス面)だけでなく、
反対の見方も紹介している点で、バランスを取ろうとしている配慮がうかがえる。

日本の歴史的人物に対して素っ気ない他の教科書に比べ、人物コラムが充実しているのも特徴だ。
「日本武尊と弟橘媛」
「最澄と空海」
「源頼朝と足利義満」
「信長・秀吉・家康」
「石田梅岩と二宮尊徳」
「勝海舟と西郷隆盛」
「津田梅子と与謝野晶子」
など、それぞれ二ページずつを割き、肖像や写真とともに紹介している。

●「教科書調査室」を設けよ
人間は体験の中からしか学べない。
れきしを学ぶ最大の意義は、先人達の成功や失敗の体験を疑似体験することで、
成功を明日の糧とし、失敗は同じ過ちを二度と繰り返さないための教訓とすることにある。

そのためには、日本の過去のすべてを罪悪視し、
子どもたちに罪悪感や嫌悪感を抱かせるやり方ばかりでは不適切だろう。

それでは子どもたちに歴史から目をそむけさせる結果になりかねないからだ。

先の戦争についても、原因や当時の日本を取り巻いていた状況、敗因を分析し、
結果に対する評価についても両論併記する形にして、
子どもたちが冷静に見つめ、考えることのできる配慮が必要だ。

扶桑社の教科書を現行の七冊と読み比べてみたとき、
ことさらに日本の過去を美化しているとも思われない。

少なくとも検定を通したことが
「日本の右傾化の象徴」であるかのごとく言われるようなものではない。

他国の歴史教科書と比べてみてもごく常識的な教科書ではないか。
諸外国の教科書を知り、わが国の教科書との比較をする試みは、よりいっそう深める必要がある。

しかし、実際に調べようとしても、他国の教科書は翻訳されたものがあまりにも少ない。
あったとしても古く、最近の教科書の変化を把握できないのが現状だ。

ぜひとも早急に、国会図書館内に諸外国の教科書調査室を設けることを提言しておきたい。

いや、それ以前に、まずは国民が手軽に教科書を閲覧するしくみをつくることが必要だ。
教科書は数少ない特定の書店でしか扱っておらず、一般の人には入手しにくい。
国会議員でも容易に手に入らない。

私はこの原稿を書くにあたり、
文部科学省の国会担当者に小・中学校の教科書を見せてほしい、と頼んだ。

ところが「小学校の教科書はない」という答えが返ってきた。
追って、教科書を扱っている書店を三ヶ所記したメモがファックスで流れてきた。
読みたいならここで買ってください、ということらしい。

次に直接、同省の教科書担当者に連絡すると、今度は「あります」というではないか。

当然の話である。

文部科学省に教科書がないはずはないのだ。
彼らはできることなら教科書を読ませたくないと思っているようだ。

どこの国の教科書かわからない歴史教科書が多い、という事実を知られることを恐れているのか、
単にことなかれ主義なのか。教科書をめぐる行政の秘密主義の一端が、はしなくも現れた。

一般の方々は、専門の書店まで足を運んで買うか、
数が極めて少ない教科書センターで閲覧するより方法がない。

少なくとも、すべての公共図書館に教科書を備えてはどうか。
インターネットで公開されればなお望ましい。

親御さんたちにぜひ、子どもたちが使っている歴史教科書を手に取り、開いていただきたい。
そこでは、私たちがかつて習ったものとはかなり異なった歴史が教えられている。

メディアを通じて流される断片的な知識に惑わされず、自らの頭で吟味すれば、
どの教科書が自分の子どもにとって望ましいかものかおのずとわかるだろう。

【文芸春秋ホームページ】

http://bunshun.topica.ne.jp/honshi/honshi0107.htm

 

プロフィール


小泉としあき
前衆議院議員
取手事務所
〒302-0004
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FAX:0297-73-1618