サラセン帝国と廃都イスラエル

【サラセン帝国(砂)宗派でつながる砂漠の連合帝国】


西暦530年。神聖レーアの教義に反対する砂漠の民「アブド・アル=アズラット」が白の教団サラセン(遊牧民)派を立ち上げたのがサラセン帝国の始まりとされる。教義の内容は十戒とほとんど変わらないが、違う点が3つ、
1:祈りを重視し偶像を作らない(祈る場合にはタペストリーを飾る=荷物がかさばらない)
2:政治との分離、教義を正しく守ることをきつく戒めるが、政治には口を出さない。
3:奴隷制度を公式に認めている(白の主神から宗派は認められているが、同時に嫌われてもいる=他と比べて巫女がほとんどいないのはこのため)
地域性か神聖レーアへの反発からか信者を地方の王族も巻き込んで一気に増やし大帝国を形成。更なる侵攻を考えた所で遂に主神から叱責(神殺しの派遣)を喰らい現在の状況に落ち着いている。

【サラセン帝国ヴェラーハ朝(琶)】
【サラセン帝国タートム朝(汰)】
【サラセン帝国ネディア朝(茂)】
【サラセン帝国エルセイフ朝(夜)】
【サラセン帝国ミスル朝(美)】
【タイタス・メイル(帯)サラセン教と対立する森人の国】


【廃都イスラエル】
エルセイフの西、ゴルゴダの丘の北方に広がる堕天使が支配する虚神の都。大神殿には白の神々に権能をはぎとられた人柱の大神の骸が鎮座していると言われている。半径50km以内の生物は全て死に絶え不毛の荒野と化しており誕生時には河は全て毒と化していたが、現在は100km先で治水工事をして河の流れを変えたため、毒の河が地中海に流れ込むことは無くなっている。
近づくものは全て堕天使に殺されており、中の様子を知る者は皆無であるという。